一、今月今日で一心に頼め おかげは和賀心にあり。
『重い物を負うて居るかかついで居れば苦しいがさうでないから信心は楽ぢゃ家業を勤め勤めするがよい』信心をさせて頂いて居ることを、この上もない有難いものと思い、日々頂くお話を吾が心で練り出し練り出し過ごすこと。そこには、神様の身近な働きを感じ、和賀心と共につぎつぎと、お陰が練り出されてくる。(昭43・6・28)
平穏でない時、無事でない時、有難いと思わせてもらう心を和賀心というのです。和賀心一つを追求してみれば いつ如何なる場合にも 詫びと御礼の言へる心ぞ(昭48・7・5)
安心と和賀心ハ裏表
和賀心を求めて行くところに安心があり、安心の中味は歓びであり和の心である。歓びはかぎりなく広がり、和の心ハ不壊のものと定まって行く。おかげも無限大のものへと進展し、和賀心は人間幸福の要をなしてゆく。あなかしこ(昭53・7・15) *あなかしこ=あゝ恐れ多い、あゝ勿体ない
お道の信心は、究極のところ、安心のおかげを頂くことである。和賀心と安心の心は並行して育ち、又育てていかねばならぬ。(昭59・7・13)
金光教祖の御教え183か条について、合楽教会初代教会長大坪総一郎 師が、その要諦・真髄を説かれたものを集録和賀心教典とは
