和賀心教典 第59節 1987年10月16日 習うたことを忘れて、もどしても、師匠がどれだけ得をしたということはない。 覚えておって出世をし、あの人のおかげでこれだけ出世したと言えば、それで師匠も喜ぶ。おかげを落としては、神は喜ばぬ。おかげを受け…
和賀心教典 第58節 1987年10月16日 人が盗人じゃと言うても、乞食じゃと言うても、腹を立ててはならぬ。 盗人をしておらねばよし。乞食じゃと言うても、もらいに行かねば乞食ではなし。神がよく見ておる。しっかり信心の帯をせよ。 はやり唄にも「松…
和賀心教典 第57節 1987年10月16日 金の杖をつけば曲がる。竹や木は折れる。神を杖につけば楽じゃ。 金にたよるな、人にたよるな、自分自身にすらたよるな。当てになるものは何一つない。 ただ、たよりになるのは神さまだけと悟るところから、自ずと…
和賀心教典 第56節 1987年10月16日 日にちさえたてば世間が広うなってゆく。ひそかにして信心はせよ。 「世間のうわさも七十五日」と言う。 じっと辛抱して行く内に自分を見極めてくる心もおこり、相すまぬ私、至らぬ私であることもわかってくる。ひ…
和賀心教典 第55節 1987年10月16日 信心は、年が寄るほど位がつくものじゃ。 賃を取ってする仕事は、若い時には頼んでもくれるが、年をとっては頼んでくれぬ。信心は、年が寄るほど位がつくものじゃ。信心をすれば一年一年ありがとうなってくる。 「…
和賀心教典 第54節 1987年10月16日 徳のないうちは心配する。神徳を受ければ心配はない。 神徳を受けたからというて心配がないという訳ではない。心配の内容が変わるだけである。 信心のない者、信心のうすい者がする心配をせんですむだけである。心…
和賀心教典 第53節 1987年10月16日 信心すれば、目に見えるおかげより目に見えぬおかげが多い。 知ったおかげより知らぬおかげが多いぞ。後で考えて、あれもおかげであった、これもおかげであったということがわかるようになる。そうなれば本当の信者…
和賀心教典 第52節 1987年10月16日 信心する者は驚いてはならぬ。 これから後、どのような大きな事ができてきても、少しも驚くことはならぬぞ。 唄の文句に「沖の瀬の瀬にドンとうつ波は みんなあなたの度胸さだめ」と言うが、信心も同じで信心度胸…
和賀心教典 第51節 1987年10月16日 天地の間に住む人間は神の氏子。 身の上に痛み病気あっては、家業できがたし。身の上安全を願い、家業出精、五穀成就、牛馬にいたるまで、氏子身の上のこと何なりとも、実意をもって願え。 願いの姿勢が示されてい…
和賀心教典 第50節 1987年10月16日 とかく、信心は地を肥やせ。 常平生からの信心が肝要じゃ。地が肥えておれば、肥をせんでもひとりでに物ができるようなものぞ。 世間では「金の成る木があるじゃなし」というが、お道の信心は金の成る木だけでなく…