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今日のご理解(2023年8月9日)

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理Ⅰ・市村光五郎1・14
金光様のお話に、「信心ということは天地の恩を忘れぬことぞ。なんぼう氏子が一心に信心を定めておっても、もし神去り(死)あったる時に、心とがめることあり。心とがめたら、もうおかげはなし。以後のために話しおくぞ。金神は、葬れん(棺おけ)をつきすえおっても、頼むことあらば、疑い去って一心に願えい」と言いおかれたり。



教会長のご理解
少しわかりにくい伝えですが、「神去り(死)」とは教祖が亡くなられることを言われたのでしょう。市村光五郎さんは教祖が亡くなられる一年前の明治十五年に入信してあります。生神金光大神の取次の御業は永遠と仰せられますから、教祖の肉体の死にとらわれず、教祖がいなくなっても心とがめずに、一心に願っていけと御理解されたのでしょう。
そして何と言っても、お道の信心は、「信心ということは天地の恩を忘れぬことぞ」ということが土台でありましょう。今月今日、天地の広大無辺のお世話になりながら、毎日を生かされて生きているのが私共の現実なのです。その御恩を忘れるなと、しごく当たり前のことを仰ってあるのです。
ところが、それが理解できない人が多いようですね。自分で深く考えることをせずに、ただ人があれこれ言うのを考えなしに受け入れたり、また人の弱みに付け込んでの詐欺まがいの宗教もあります。
たとえば、インターネットでは様々な情報があふれています。かつてこんなことはありませんでした。身近に自由に調べることができる時代となりました。それだけに、その情報が正しいのか正しくないのかの判断力も当然のことながら必要となりました。いわゆるフェイク(嘘)ニュース、デマである陰謀論、作り話の都市伝説といったものも、たくさんあります。その正否をどう調べたらよいのか、という問題もあります。とりわけ、宗教においては、伝統の力というものもあって、正否の判断が難しくなっています。よく考えますと、人間の姿をしているというゴッドさんやキリストを見た人はいるのでしょうか。マザー・テレサは求めても求めても空しいばかりだったと証言しています。そして、お釈迦様に会ったという人もありますまい。それでは空想の産物と言われても仕方ないでしょう。だから、信じることが大切だと、信じることが信仰の根幹となっているのです。けれども、根拠無きものを信じて良いのでしょうか。まして、理屈に合わない、道理に合わないものを信じるのでしょうか。ですから、無神論者が信仰を卑下するのも一理あることになるのではないでしょうか。
宗教の場合、道理に合うかどうかということが判断の基準になりましょう。道理に合わないなら、どんな素晴らしいファンタジーであっても、結局は絵空事に過ぎません。

仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは

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