今日のご理解(2023年8月1日)
理Ⅰ・山本定次郎の伝え・52
お前は信心参りであるか。信心参りは結構である。
信心は末の安心が楽しみである。第一、子供が真心でなければ親の安心する楽しみもなし。また国のためにもならぬ。信心は、家内中、心のそろうた信心して、懐妊の女に悪いことを思わさぬように注意し、また、よきことを思わせ家業を励ませ、何事にも信心の心を持ちて、親々をはじめ何人へも親切にするように注意するのがよい。みずから親切にすれば、人が親切にしてくださる。
百姓の人は、自分の田の水を見に行き、人の田の水まで見てやれば、人もまた自分の田の水を見てくれます。ただの田地にても、米を取ることに損をせぬ。親切にし合えば、神様もお喜び、人間もなお喜びである。
教会長のご理解
人間同士で「親切にし合えば、神様もお喜び、人間もなお喜びである」ということでしょう。まして家族同士で親切にし合うのは当たり前のことでありましょう。もしそれが出来ずに、家内が不和ですらあるとするなら、
「信心は家内に不和のなきがもとなり」とありますから、信心そのものが元も子もないことになっていることになりましょう。
同じ山本定次郎さんはこうも伝えてあります。
「金光様は常に、『たびたび参るのもよいが、親に心配をかけてはいけない。信心は孝行が第一である』と仰せられ、ある時は、『牛は、牛小屋に入れておけばそれでよいというものではない。草を与えておかないと鳴く。牛が鳴くと、親は口には出さないが、定次郎が草を刈っておいてくれればよいのにと心で思う。お参りをするには、三日前から考えてお願いしておけば都合がつく。朝少し早く起きて草を刈り、昼みんなが茶を飲む時に心がけて草を刈るというように、三日前から用意しておけば、親が心配することも牛が不自由することもない』とみ教えくださった。(理Ⅱ・山本定次郎の伝え・8)」と。
信心熱心と言われる人ほど、家や家族のことはほったらかしで、教会行事や会合に入りびたり、という人が少なくないのです。やはり、信心の仕方を教祖さまからよく習うことが必要でしょう。金光大神の流儀になることです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
