今日のご理解(2023年7月20日)
理Ⅱ・角南佐之吉の伝え・8
父も私も気性が荒く、いつも意見が合わなかった。その時も何かのことで争い、参拝したところ、金光様はお書付(天地書附)をくださり、「おかげは和賀心にあり」について、「和はやわらぐで、賀は祝賀の賀である」とご理解をしてくださった。身にしみてありがたく感じ、帰って、翌朝、父に向かい、「お父さん、私が悪かった」と泣いてわびると、「お前がそういう心になったか。そういえば、わしが悪かったのだ」と父も泣いて喜ばれ、また母も、「私の梶の取りようが悪かったのです」と言い、三人が泣いてわび合った。それからは何も言い争うことがなくなり、私の仕事を父も快く手伝ってくださるようになった。
教会長のご理解
常々疑問に思っていたのが、この御理解です。角南佐之吉さんの伝えとして、昭和五十七年に出版された御伝記「金光大神」に書かれていた和賀心についての記述と全く違います。それに、ここにあるように、「和はやわらぐで、賀は祝賀の賀である」との教祖様のたった一言で、そんなに、身にしみてありがたく感じ、態度が一変するようなことになるだろうか、ということなのです。
いろいろ調べてみると、金光真整先生の「講座『金光大神覚』」の五八一頁に次のものがありました。少し長いですが引用してみましょう。
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【和賀心】 教祖様のお書きになられた天地書附をはじめ、金光四神様のお書きのものもすべて、 「おかげは和賀心にあり」 と記されています。 普通なら、 「我心」とか「吾心」などと記されるところでしょう。教祖様はよく当て字をお使いになっていますが、 「和賀心」には何か特別な意味があるようにも考えられます。そうしたところ、九蟠教会の初代の角南佐之吉先生の話を、奉修所次長の高橋博志先生が聞いてこられました。
角南家は気性のはげしい血筋で、親子兄弟も同じように気性がはげしく、けんかばかりしていたそうです。互いに衝突することも多く、百姓仕事をするのでも同じ田んぼではしないというぐらい親子仲も大変悪かったそうです。そういう佐之吉先生が若い時にお参りして教祖様からお書付をいただき、 「和賀心」についてみ教えをいただかれたのです。
「和はやわらぎ仲良くするという字で、加えるとも読む。賀は祝賀の賀で、祝うともよろこぶともいう字じゃ。信心する者は、この和ぎよろこぶ心がなければいけぬ。 この心で信心すればおかげはある」 とおっしゃられたそうです。
このご理解をいただかれた佐之吉先生は、全身に電気にうたれたかのように感激し、 「ああ、私が悪かったと心の底から悔い改まられたのです。そうして家に帰り、翌朝、 「お父さん、私が悪うございました」と涙ながらにおわびされたのです。それを聞いたお父さんも「そういう心になってくれたか。そういえばわしも悪かった」と喜ばれたのです。するとそれを聞いていたお母さんも「いつも私の舵の取りようが悪かったようです」と反省されたのです。ここに天地書附のおかげの世界があらわれたのです。それからは、 今までとはうって変わって、 一家睦まじく、「お父さん、 今日はどこの田へ何を植えよう」と言えば、 お父さんも「ああ、それがよかろう」と一緒に快く働くことができるようになった、ということです。
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これがかつての御伝記に書かれていた御理解といきさつです。教祖様のねんごろな御理解で、角南一家が助かった様子がよく知れますね。また「和賀心」には格別の意味を持たせていることもよく分かります。それで「加えるとも読む」とあるのに、どういう意味があるのだろうかと思っていましたが、和賀心を漢文読みをすると、「賀を加える心」ということになりましょう。そこに、賀びを加えるという信心のことだと合点がいきました。
さてここで、気になる御理解が浮かび上がってきます。すなわち、
「明治十五年四月に参拝した時より後のことだったか、参拝の節のご裁伝に、
『ご理解をしてやらなければおかげを受け得ない。しかし、してやれば、金光大神がどう言った、こう言ったと言って、先から先へ間違いばかり伝える』と嘆かれ、『これからはご裁伝はやめる』と仰せられた。(理Ⅱ・和田安兵衛の伝え・4)」
というものです。
はたして、どこまで正確に教祖の御理解が伝えられているのか、という問題です。それぞれに頂き伝えられる御理解ですから、それは「応病与薬」的な、その人その人に応じて違う御理解をされたのだ、との意見もあります。それもそうでしょうが、教祖御理解の全てをよく読ませて頂くと、その全体に「傾向」というものが見えてきます。だいたいにおいて、教祖様はこのように御理解をされたのだ、という内容です。天地の親神様はこういうことを仰りたかったのだ、という傾向です。人によってはあまり印象に残らなかった御理解もありましょう。なにしろ、初めて参拝された荻原豊松師は、教祖様から四時間に及ぶ御理解を受けてありますが(人物誌)、伝えられる御理解はわずかです。まあ、そんなことなのでしょう。けれども中には、山本定次郎師のように、意識して綿密に記録されていった伝えもあります。それらこれらを通して分からねばならないのが、お道の信心なのだと思うです。おかげを頂かねばなりません。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
