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今日のご理解(2023年6月1日)

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理Ⅱ・大西秀の伝え・22

「私は布を織る時にも縫い物をする時にも、何をする時にも一代お金神様を放しません」と申しあげると、金光様は笑いながら、「そういう心なら結構である」と言われた。

教会長のご理解
教祖さまが、「そういう心なら結構である」と仰せられたのは、どういう心でしょうか。娘時代の大西秀さんが言われた、「何をする時にも一代お金神様を放しません」ということでしょう。そのまま、神さまに一心に願う心であり、今月今日で頼む心と言えましょう。
信心はみやすいのがよい、とはよく申しておりますが、それでも教祖さまは、「信心はやすいようでも、なかなかむずかしい。三年五年の信心では、まだ迷いやすい。(理Ⅲ・尋求教語録・172)」と仰せられています。
何がむずかしいかと言いますと、、結局、神さまを放さない、ということが難しいのではないでしょうか。人間、信心していても、ついついすぐ自分の考えで行動します。神さまにお願いもせずに、さっさと行いがちです。それは神さまを放しているも同然のことではないでしょうか。それまで当たり前のように、自分で考えて自分で動いていましたから、そうありがちです。先にきちんと神さまに、お断りするなり、お届けするなり、お願いするなりして、事を進めるようになるまでが、ある意味、難しいのです。
教祖さまはそこを、「何をする時にも金乃大神様に御願いあげ」「一々御願いあげ」とご自分の経験から話しておられます。(理Ⅰ・斎藤宗次郎の伝え・8)
大西秀さんは、江戸時代生まれの方ですが九十二歳まで長生きされ、今まで一度も医者にかかったこともなく、外へ出てから病気したこともない、外で困るような目にあったこともない、と仰ってあったそうです。いわゆる無病息災のおかげをうけておられたということですね。
また、神様には「人間にお話をするように、話をする」とも。それだけ、神さまを身近に頂いてあったということでしょう。

仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは

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