今日のご理解(2023年5月23日)
理Ⅰ・山本定次郎の伝え・66
人間が食い飲みする時に、このくらいでよろしいと思う時が、天地の親神のご分霊が分限を定められる時である。体に相当するのである。それを、もう一杯、また一杯と、我食い、我飲みして病気になる人もあるが、これは神様へ対しご無礼ではないか。また、食い過ぎ飲み過ぎして、嘔吐をする者もあるが、これも悪い考えである。
信心する人は神様の守りを心にかけており、万事不都合のないようにするのが信心である。食い飲みをむたいに強いるのが親切ではない。国のため、人の身のため、わが身の上も思い、万物を粗末にせんような、真の信心するがよろしい。
百姓の人は、一粒の種から積もれば何石というようになるのも知っておられるが、一人がおかげを受けたので千人万人もおかげを受けるようになるから、よい手本になるような信心するがよろしいなあ。
教会長のご理解
「国のため、人の身のため、わが身の上も思い」とあります。教祖さまは、こういう表現のお言葉をしばしば用いておられたようです。理Ⅱ・福嶋儀兵衛の伝え・8にも、「世のため人のため、わが身の上を思って」とあります。
過去の宗教は、「わが身の上も思って」を私利私欲のように見てきましたね。そこに、「滅私奉公」とか、己を空しくしてとか、そういう教えばかり説いてきたように思います。その延長線上にあるのは、どういうことになりましょうか。だから財産を献納しなさい、などと言うようになるのかもしれません。
金光教祖さまの御理解ははっきりしています。こうおっしゃってます。
「昔から、人もよかれわれもよかれ、人よりわれがなおよかれ、ということさえあるから、神信心をしても、第一にわが身の上のおかげを十分に受けてから、後に人を助けてやれ。(理Ⅲ・尋求教語録・39)」と。十分におかげを受けるためにも、「信心する人は神様の守りを心にかけており、万事不都合のないようにするのが信心である」「万物を粗末にせんような、真の信心するがよろしい」ということなのでしょう。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
