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今日のご理解(2023年5月22日)

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理Ⅰ・佐藤範雄さとうのりおの伝え・8

道が人を立つるにあらず。人が道を立つるなり。教祖のお言葉に、
「道は取次の心による」とあり。


教会長のご理解
道は取次の心によるとは、取次者の考え方や教え方によって、信心の道が定まってくる、ということでしょう。言わば、そこでの流儀となってくるのです。それぞれの教会によって、それぞれの流儀というものがあります。
またの御理解には、「神は社家しゃけのならわしといって、守りの心のとおりになられる。(理Ⅱ・近藤藤守こんどうふじもりの伝え・2)」とあります。
ここらへんが少しややこしいのですが、まあ、親子ということから言ってもそうですね。親は子供の生き方を尊重します。子供の考えをだいじにするのです。人間の親の中には、親の考えを子に強制する人もありましょうが、いわば、天地一杯の親心の天地の親神さまは、どこまでも取次者の心に合わせなさるようです。そこに、たとえ間違っていても、取次者が満足すれば、それはそれでよしとされるようです。
すなわち、「守りが泣けば神も泣き、守りが喜べば神も喜ぶ。(理Ⅰ・近藤藤守の伝え・12)」と。
けれどもそこがあまり過ぎると、「神様は罰(ばち)を当てなさらぬ。氏子から罰を当てぬようになされよ。(理Ⅰ・近藤藤守の伝え・12)」ということになりかねません。つまりは取次者が罰を当ててしまうのです。気をつけねばなりません。
どこまでも金光大神の流儀でありたいのですが、どうしても自分の体験経験による流儀となりやすいようです。
本部広前には、全国からいろいろな先生方が参られて、教主金光様にお届けをされます。これは、私が本部教庁に勤めていた時ですが、その様子を暫く観察していた時がありました。それこそ、先生方も百人百様で、中には金光様がお困りになるようなお届けの仕方をする方もありました。その頃だったでしょうか。四代教主金光様が仰ったのに、「あまり我流にならない方がよろしい」と。
流儀というなら、金光大神さまの流儀に神習うのがよろしいでしょうが、それがなかなか難しいようです。

仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは

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