今日のご理解(2023年4月22日)
理Ⅱ・坂根利三郎の伝え・1
私は若いころ木綿商を営んでいたが失敗し、借金返済に苦心しているうちに肺病になった。二人の医師に診てもらったら薬をくれたが、いっこうによくならず、また別の医師に診てもらった。その医師は、「薬を用いても何の効もないから、薬はやめて好きな滋養物を食べ、適度の運動をしなさい」とすすめてくれた。そこで、金光様のみもとに参ってお願いしたら、
「神は声もなく姿も見えないから、人をもって言わせるのである。医師が、『薬を用いるな。薬を飲んでも何の効もない』などと言うはずはない。神が、昨日、医師をもって言わせ、その方を信心の道に入らせたのである。神の導きであるから、何の心配もいらない。心配する心で一心に神にすがるがよい。命は助かる」
と仰せられた。私はたいへんありがたく感じ、日参させていただいて、病気もおいおいによくなった。
教会長の御理解
坂根利三郎さんのこの事は、明治元年よりも十年前となる安政五年(一八五八)三月の事なのでした。当時の日本の医学は、とても医学とは呼べないしろもので、効能がないのに薬と称するものや、病気になると、あれを食べてはならない、これを食べてはならないなどと、過酷な毒断てを医者から指示されるなど、日本の医学の暗黒の歴史と言っていいほどのものでした。
それを、「薬を用いても何の効もないから、薬はやめて好きな滋養物を食べ、適度の運動をしなさい」とすすめるなど、当時の村医者が西洋近代医学にも通じるようなことを知っているはずもなく、まさに天地の親神さまが、そのように言わせなさったということになりましょう。
それというのも、坂根利三郎さんの父親は、教祖がこの神様に信心されるようになる安政二年以前から教祖と親しくしており、親子で木綿商を営んでいて、大谷村に商売に行けば、必ず教祖の家に寄り、よもやま話をしたり、茶を飲んだりしていた仲だったと言います。安政五年三月といえば、教祖がこの神様に信心し始めてから半年ほどの時期ですが、教祖のその当時の信心内容、心境がうかがえるお言葉ではあります。
そして翌年には、教祖のお子さんたちの病気を通して、神さまは、「不浄・けがれ、毒断ちということ無し」と宣言されたのでした。
ですから神様は、当初から医学の改革をもくろんでおられたことがうかがえましょう。安政六年十月には神さまから、「世間になんぼうも難儀な氏子あり、取次ぎ助けてやってくれ」との立教神伝が下がります。天地の道理に基づく広範囲な救済を願いとされていたのではないか、と思うのです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
