今日のご理解(2023年8月12日)
今日のご理解は、教典492の3です。
理Ⅱ・河本虎太郎の伝え・3
信心をしても、なぜおかげがないのであろうかと思い、悔やんではならない。たとえば、麦をまいて肥やしをしておいても、正月時分には肥やしをしないのといっこう変わらないが、彼岸時分になると、肥やしをしたのはずっと伸びてくる。信心もそのとおりであるから、怠らずに、直い心でせよ。
教会長のご理解
自然と不自然との違いです。
種から一瞬でぱっと花咲くような奇跡的なことが良いでしょうが、そんな事はあり得ません。不自然すぎます。けれども過去の宗教は、そういうふうに説いてきたのです。死んで埋めた子供が生き返って観音堂の裏から出てきたとか、水の上をスタスタと歩いたとか、不治の病が一瞬にして治ったとか、そんな話ばかりです。それは本当なのでしょうか。
私、佐田家の信心は祖母がおかげを受けたことから始まっているのですが、元々ひどい頭痛持ちで、何日も何日も寝込んでしまうという状態が5年も続いていました。そこに、たまたま下宿を頼みに来た方が本教の信者さんでした。祖母が寝込んでいるのを知って、「神様にお願いしますから、五日でおかげを頂きましょう」と仰いました。すると、あれほどひどかった頭痛が3日で完治したのでした。
この話は何度も聞かされましたが、ふと、5日が3日でおかげを頂いたのもすごいけれども、一瞬で治るようなことではなく、3日はかかったことに、かえってリアルを感じました。それが自然でしょう。悪いところを治すのにもやはり日にちがかかるはずです。
マジックのように一瞬でどうにでもなる方が不自然そのものです。つまりは、嘘話でしょ、と言いたくなります。これは、「全知全能の神」という考えが元になっているのではないでしょうか。全知全能だから一瞬でどんな奇跡も起こせる、という考えになっているのでしょう。こういう神観念がやがては、日頃の信心もないのに「困ったらすぐに助けてくれるのが神仏のはず。それが出来るはず」という方向に考えが傾いたのでしょう。
ちなみに、後に大阪布教を始められた白神新一郎師は、かつて眼病から全盲となって11年後に教祖様に出会われ、お道の信心に励まれ、それからおよそ1年後に開眼のおかげを頂いてあります。本当におかげとなるのもやはり時間がかかるのです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
