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今日のご理解(2023年7月12日 )

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理Ⅱ・山本定次郎の伝え・6
人間は万物の霊長であるから、善いことと悪いこととを知らなければならない。
土用の炎天下、暑さに万物がさしつかえなく生きておられるのは、自分の力でそうしているのか。そこから考えて、神様のありがたいことを知らなければならない。そのような時、腹に手を当ててみれば冷たい。天地の神様は、外の火気(熱気)がひどい時は腹を冷やして生かしてくださる。それを考えても、神様が守ってくださるのがわかるであろう。
寒中になって、寒さで性根がなくなったといっても、じっとふとんの上に座っていると暖かくなってくる。神様は、そうして四季にわたって守ってくださる。
痛いのを治してもらいたいということだけで信心していると、治って礼を言えば、それで信心は終わる。今日でも、何人もありがとうございますと言って帰ってしまったが、そういう人はこのようなことも聞けない。
神様が金光大神に教えてくださり、話して聞かせよと言ってくださるから、話してあげる。それを聞いて、子供にでも他人にでも話して聞かせてあげよ。めいめいにそれを心得、天地の神様はありがたいとわかって信心する人が一人でもできれば、神様がお喜びになる。そうなれば、あなた方も神様のご用に立つこととなる。


教会長のご理解
ありがたいものをありがたいと分かる心。恩を恩と知る心。それは習わなければそういう情感は湧いてきません。
明治以降の人々と、教祖様の違いは、習ってきた学問の違いによるところがあります。教祖は十二歳の時から二年間、手習いを習ってあります。当時の手習いのことを簡単に「読み書きそろばん」などと言う人がありますが、問題はその内容です。「実語教」「童子教」という教科書に基づいて読み書きを習っていくのです。その内容たるや、日本人の人間教育の根本となった非常に優れた教えが書かれたものです。ですから日本人は幼い頃から文字と同時に人間の基礎教育を受けるのです。教祖のおられた村すなわち大谷村は人口が四百五十人ほどで、その殆どが農家でした。その内、手習いを習われたのは、教祖様と庄屋の息子だけでした。教祖が書き残された「覚書」を調べると、そこに使われた漢字の数は、その教科書で使われている漢字数と同じだったそうです。しっかり勉強されてあったのでしょう。それが明治の時代になると、その教科書は廃止され、政府が新たに設けた学校教育での教科書が作られます。その内容たるや、教えなどというものではなく、単なる文字と漢字を覚えるだけの、極めて幼稚なものとなりました。今日も同じでしょう。
幕末の指導者、吉田松陰先生は「天地に大徳あり」と説かれ、その恩徳に心と身をもって報いることを、人として当然のことと述べていますが、そういう心がけは、明治以降の政治家や文化人からはすっかり忘れ去られました。そうして、単なる物質としか見ない唯物論に染められ、今日に至っています。
現代人が助かりがたいのは、こんな所にあるのかも知れません。

仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは

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