今日のご理解(2023年5月10日)
理Ⅱ・藤原嘉蔵の伝え・1
はじめて参拝した時のこと、金光様は、「私に拝んでくれと言うけれども、拝んで達者になるものなら、天の下に病人はないようにしてやる。神の教えの理解をして聞かせるから、遠方から参って来て、足が痛いのに、そのように座っていなくてもよい。寝ころぶとか、足を投げ出すとかして、よく話を耳に聞いて腹に持って帰れ。そうして、それを日々用いていれば、日参であるとか月参であるとか人は言うけれども、金神の道では日参も月参もいらない」と仰せられた。
教会長のご理解
「はじめて参拝した時のこと」とありますが、藤原嘉蔵氏の初参拝は慶応二年(一八六六)のことです。この時、教祖はすでに正式に神主職を得てあります。当時、神主は位の高い階級で権威あるものだったのです。それは、参拝する庭瀬藩主への対応からもうかがえます。
そういう教祖が仰せられる、実にくったくのない教えです。堅苦しさなど微塵もありません。ですから、大切なことは、よく教えを聞いて納得し、それを実際の生活の場で、現して、確実におかげを受けていくことがお道の信心の主流だと言えます。教祖さまにとって教えを聞くのに、礼儀正しい姿勢などどうでもよいことなのかもしれません。日参も月参もいらないとは、優先せねばならないのは、実生活のための信心であつて、それは日常生活の中に、いかに神さまに心を向け、神さまと会話していくかなのであって、参拝している時だけの心構えではないという意味でしょうね。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
