今日のご理解(2023年4月18日)
理Ⅰ・山本定次郎の伝え・56
綿の一筋は弱い物であるが、三つ四つ合わせてよりをかければ縫い糸になる。
糸を織って木綿にする。信心も同じこと。また、糸は直い物である。
もつれると、なかなかむつかしい。人の心も直うに持てば尊い。ゆがむと、けんか口論せねばならん。
打つ墨縄の一筋に神様に信心する時のように、いつも真心が大切である。
婦人が木綿を織るには、よい糸と自分の真心とをもって、人のほめるような木綿もできる。
また、座敷、押しこみ、板場にちりが積もるごとく、人間、我欲のためにわが心にちりが積もる。
わが心わが身が汚れぬように、心と体の掃除をするごとく、今月今日で信心をしなさい。
【教会長のご理解】
教祖さまの娘さんたちは、綿から糸を紡ぎ、それを織って布地にされてあったそうです。
神様も明治六年にお知らせで、「白木綿吟じていたし、ためおきよし」と仰せられるのでした。
末娘、この様の長女の方が次のように話しておられます。
「自分(この様)は一生懸命に織った、一日に二反ぐらい織りょうたんでえ、言うてな。唐びつ一杯織ったと言う。それが、教祖様が亡くなられた時に、偲草に紋付きにせられ、せえから後は、旧広前が御新築になる時に、御神前を全部それで巻いて、お役に立ったんでえ、いうて母が言いようられた。」
教祖さまのお話は、いつも実生活のことからなど、具体的な例えばかりです。
ある先生が夢に「天地書附の半分」だけを見たという話を聞きました。
「生神金光大神 天地金乃神 一心に願え」というところだけです。
後の半分を現してこそ全文が揃うのであるとのことでした。全くその通りだと思います。と同時に、その現れている部分をきちんと把握せよ、との意味もあろうかと思いました。
生神金光大神と唱えるだけでよいのか。天地金乃神との御名を申し上げさえすればよいのか。このごろつくづく思うのです。教祖さまの御理解集を読まねば、教祖のご信心の全体像は見えてこないし、信心の仕方もよく分からないのでは、と。まして、天地金乃神さまとはどういうお方なのかが分からないのでは、と。
教祖の仰る「一心」とは、本当に「神様一心」なのですよね。教祖の信心はじめの頃の神様のお知らせにも「これからは、何事も神を一心に頼め。医師、法人(祈祷師)いらぬようにしてやるぞ。(安政五年正月朔日)」とありました。
ですから、その後に教祖の御家族が深刻な病になっても、医師も呼ばず薬も頂かず、神様一心に頼まれまして、それで皆がおかげを受けてこられたのです。
もう現代人には、まねが出来ないことではないでしょうか。それこそ1300万人が入院中であり、通いの患者は7000万人を越えるというのですから。現代では病気一つでも皆が医療頼みなのです。
まあ、神様に願いすがるなら、先に、「本当の一心になってはいないですが、お許しください」と先にお断りを申してからお願いし、それから医師にもかかる、薬も頂く、ということでしょう。
そういう事でも、教祖の御理解を頂かねばわからないところです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
