今日のご理解(2023年4月14日)
理Ⅲ・尋求教語録・182
「世に、悪いことをすな、天地が見てござるというが、天が父親なら地は母親ぞ。いかに父親に孝行をしても母親に不孝をすれば、親孝行とはいえぬぞ。天ばかりありがたがっても地の恩を知らねば、信心しておるとはいえぬぞ。男ばかりでは子は育たぬぞ。女の乳があるからぞ。天があっても地がなかったら、氏子は住みはい(生活)はできまいが。天に取りすがっても地に無礼をすれば、天に見せておいて七墓築かしてやるぞ」
と金光様はよう話されたがなあ。
教会長のご理解
「此方(片岡次郎四郎)はごついことが好きで」と言われるだけに、教祖の片岡次郎四郎さんへの御理解も、荒々しい神さまの表現になっているのでしょう。
教祖のおっしゃる通り、「天ばかりありがたがっても地の恩を知らねば、信心しておるとはいえぬぞ」であって、教祖の御信心の根源は、大地の神様との交流によるところが主なるところだと思います。何度も申しますが、教祖さまが拝まれた神さまは、天なる日乃神・月乃神であり、地なる金乃神という、すなわち天地三神であり、それをつづめて天地金乃神と申し上げているお方です。とりわけ、大地は古来から、穢土(けがれた国土)と呼ばれたり、ゴッドの単なる被造物に過ぎないと言われたり、悪が陥る究極の場は地獄という地面の下にある世界として、さんざんひどい扱いを受けてきました。けれども、「地がなかったら、氏子は住みはい(生活)はできまいが」なのです。空想、妄想の、天国地獄などではなく、現実に私共が生かされて生きているのはこの大地の上なのです。大地あっての一切なのです。衣食住一切は皆この大地からいただいているのです。その御恩恵も思わず気まま勝手に無礼をすればと。ちょっと怖いことを仰ってますが、信心する者は心配ありません。「親と思え。子と思うぞ」であり「此方の信心をする者は、一生死なぬ父母に巡り合い、おかげを受けていくのである」なのです。そして、天地の間の成り行きそのものも、あるがままの成り行きではなく、信心する者にとって都合の良い成り行きを頂くのであり、それは天地すべての心ではなく、どこまでも、人間が人間らしく幸せになるための、天の心であり、地の心を頂くのです。
仲原教会での御教え 金光教教典からの一節を取り上げ、解説をつける今日の指針今日のご理解とは
